kuge’s diary

源氏物語を研究している久下からのお知らせです。

久下研究室のHP→http://www.ne.jp/asahi/kuge/h/

夏講座

 7月9日(火)より早稲田大学オープンカレッジ(早稲田校)において「絵で読む 源氏物語」と題して4回の講座を受け持つことになっています。

 受講者は10名ほどにすぎなく、私の知名度もまだまだだと思い知りましたが、とにかくこういう講座ひとつにしても、自分の既出の論文で取り扱った学説(新説)だけで、全てをまかなえるというのは、稀有な存在だと思っているのは単なる自負・自慢の域を出ないことなのでしょうか。

 でも、やはり知的財産権という点からしてもいまの大学教員の力量からしても報酬的にも見合わないことではないかと思っています。

 以下、今回の講座で用いる自説の論考です。

 〇〈橋姫〉図を読む、―図像解釈学への誘い―

 〇土佐派の源氏絵を読む

 〇〈葵〉図を読む―碁盤に立つ紫君

   以上、拙著『源氏物語絵巻を読む―物語絵の視界』(笠間書院)        

 〇「一枚の絵を読む―王朝文化史論―」

  (昭和女子大学「学苑」903号、平成28年1月)

 

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春季 中古文学会の報告

 5月18日(土)・19(日)の両日、共立女子大学において中古文学会が開催されました。土曜のみ参加しましたが、発表会場が参加人数に比べてキャパがなく、ひどく混雑していたので、結局終わるまで、休憩室で待機していました。それではなんのために九段下まで出かけたのかということになりますが、次のような目的があったからです。

 

 目的その①

 学会会場では国文系の出版社が書籍販売をするのが常になっていて、その武蔵野書院の販売テーブルに、今回私製の絵ハガキ2部(三十六歌仙画・土佐派源氏絵)と一筆箋1部(斎宮女御図)を置いてもらうことになっていました。

 置いてもらったのは各々8部でしたが、売れ残ったのは絵ハガキ2部だけでした。

 宣伝もせず当日持ち込んで8社ほどが立て込んで販売しているその1社のテーブルの片隅にぽつんと置いたにすぎなかった訳ですから合計22部も売れるとは思いませんでした。

 さすが同好の士だけあって、王朝の雅びあふれる図柄の魅力に惹きつけられたのでしょう。ものの価値がわからない人や関心のない人たちへ向けていくら宣伝しても効果がないのは、ある面、いたし方ないのかも知れません。

 なお、これらはBASEで取り扱っています。

nihondento.thebase.in

  目的その②

 学会の発表が終わるまで待っていたのは、懇親会が九段下のホテル グランドパレスで行われたのですが、その同時刻に同ホテル内の日本料理店に席を別に用意しておいたのです。ここにあらかじめ『知の遺産 紫式部日記・集の世界』の執筆者を中心に招待しておいたのです。

 

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平成30年度の論文業績について

 平成30年度の論文は上掲した『知の遺産 狭衣物語の新世界』の二本に続き、ようやく三月に集中して発行にこぎつけた昭和女子大学『学苑』のものがあります。1つは11月号の「資料紹介特集号」において「昭和女子大学図書館蔵『狭衣物語』(巻一・巻二)ー解題・書影ー」で、もう1つは1月号「日本文学紀要」における「末摘花の成立とその波紋」です。

 

 前者は三十年以上前になりますが、私が昭和女子大学に勤め始めた頃、まず図書館の貴重図書にどのようなものがあるのかを確認した時に見出したものですが、その時流布本と見切り、書写状態もあまり好ましいものではないと判断し、いつか時間が出来たら詳しく調査しようと思っていたままで、現在に至っています。

 本年度を『狭衣』年間にしようと思って、あくまでついでにその書影を掲載したというのが実状です。

 

 後者は8月に「『源氏物語』成立の真相・序ー紫式部具平親王家初出仕説の波紋ー」につづく論文で、常陸宮家の姫君である末摘花造型に思わぬ批判が具平親王家の旧同僚女房たちから寄せられることになり、帚木系の物語と紫の上系の統合を図ろうとした作者紫式部は、その試みに失敗して、蓬生巻に末摘花を再登場させることになったのだという『源氏物語』の成立に関わる論文です。

 

 また、3月には実践女子大学文芸資料研究所『年報』第38号の「実践女子大学所蔵 物語関係古筆切目録ー伊勢・源氏・狭衣」において、同女子大所蔵の古筆手鑑『筆陣』の『源氏』と『狭衣』関係の切の翻刻・解説を担当しました。中にはそうとう横井氏の筆が入っている部分もありますが、とにかく研究員としての役割の成果となっております。

 

 という次第で、平成30年度は『狭衣』年間ということになりましたし、他の出版物に学習院大の三条西家本の研究成果なども公表されたりして、本当に『狭衣』の年というにふさわしい年度になりました。

 ブログではすでに新しい年度に移った4月中旬も過ぎた頃の記述となりましたが、関係の先生方に抜き刷りを配送し終わってからのブログでの報告となりました。

知の遺産シリーズ

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 〈目次〉

 文学史上の狭衣物語―“衒学”の美学―…後藤 康文
 狭衣物語』の成立とその作者…久下 裕利
 『狭衣物語』の異文と改変…今井 久代
 『狭衣物語』と『源氏物語』―その時代相を中心として―…倉田 実
 『狭衣物語』と六条齋院物語歌合…井上 新子
 狭衣と源氏宮―その形代となる宮の姫君まで…萩野 敦子
 狭衣と女二宮―その即位まで…倉田 実
 狭衣と飛鳥井君――その娘の行方まで…野村 倫子
 『狭衣物語』の人脈と空間―二人の姫を巡る人脈と堀川邸西の対という空間―…井上 眞弓
 『狭衣物語』の超常現象―天稚御子降下と天照御神託宣―…鈴木 泰恵
 『狭衣物語』の引歌・歌ことば―作中歌の形成と受容をめぐって―…後藤 康文
 『狭衣物語』の古筆切…久下 裕利
 『狭衣物語』の注釈書…川崎 佐知子
 『狭衣物語』―研究の現在と展望 ―付、二〇〇〇年以降の研究文献目録>…有馬 義貴

 

 《所感》

 北海道大学教授 後藤康文氏と大妻女子大学教授 倉田実氏との共編による〈知の遺産〉シリーズの6冊目である『狭衣物語の新世界』が、この3月(奥付では2月25日)に刊行されました。

 私が担当執筆したのは「『狭衣物語』の成立とその作者」及び「『狭衣物語』の古筆切」です。多少他の論文より短めですが、編者にとってはいろいろなトラブルに対応しつつ、調整を経て最終的に論文を完成していますので、今回はこういう結果になったということです。

 まま本シリーズのコンセプトである研究史の整理のし方に温度差がありますが、いちおう新しい『狭衣物語』の世界を示し得たのではないかと思います。

私のお宝紹介(10)

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 絵入版本『伊勢物語』(元禄九年、大和田安兵衛版)の第五段〈関守〉図です。一般に知られれいるのは、右図のような嵯峨本の図様ですが、これは護衛の武士たちが眠りこけているところをうかがう業平を背後から描いているところに特徴があります。

 当段の歌では「人しれぬわが通ひ路の関守はよひよひごとにうちも寝ななむ」と、見張りの番人に眠ってくれることを期待しているのに、絵ではすっかり眠ってしまっている姿形を描くのは、本文との矛盾といえるでしょう。

私のお宝紹介(9)

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 上の掛け軸は『紫式部石山寺参籠図』と言われる作品で、『石山寺縁起絵巻』などで知られる『源氏物語』の着想を石山寺での参籠で得て、須磨・明石巻から物語を書き始めたという中世の伝承を根拠とする作例です。

 この掛け軸は実を言いますと、拙著『源氏物語の記憶―時代との交差』(武蔵野書院、2017年)のカバー表紙に使用後、ゆえあって実践女子大学に寄贈してしまいましたので、残念ながら、現在私の手元にはありません。

近況

昭和女子大学紀要「学苑」8月号(平成30年8月)に拙論「『源氏物語』成立の真相・序―紫式部具平親王家初出仕説の波紋―」を親交のある先生方に贈ったところ、その礼状のいくつかに続稿を期待するとの旨が書かれてあった。それが真意かどうか計りかねるが、少なくとも拙著『源氏物語の記憶―時代との交差』(武蔵野書院、2017年)を既に送ってあるはずで、その「Ⅰ『源氏物語』宇治十帖の記憶」の各論文を読んでいれば、今回の表題のよってくるところは推察できるし、また期待される「宇治十帖成立の真相」についても結論はでているのである。今回の論はあらためて異なる資料などを用いて、それを証明していくところにあって、最初から一書として上梓するために書き始めた論稿ということになる。ただ気力・体力ともに減退し、すべての原稿を書き終えることができないかもしれないので、同拙著にその結論、またそこに至る論証も既に公にしていることを是非承知してもらいたいし、せっかく献上しているのだから、同書をよく読んでいただきたいとの感懐を記しておくことにしたい。